クッキーは焼かない

クッキーは配るもの

無のやつ

 

 

脳が殺伐としているので、風呂に浸かりながら好きなものの好きな部分について書く。無のやつは面白くないシリーズ。果物。

 

和梨……瞬間、爽やかでどこか慎ましやかな甘みかと思いきや、飲み込んだあともしっかりと甘みが口に残り驚くところ。芯に近づくと酸味が増すことで表現される、梨の奥底にある密かな反骨精神のようなもの。ひとつひとつが粒立つ細胞。細胞を歯ですり潰し液体を啜る時、「人間は他の生物の命を犠牲にして生きているのだ」と私に気付かせ、内省させるところ。

枇杷……儚くて、透明で、密やかで、澄んでいて、心の内に郷愁があると気付かせるぼんやりとした甘さ。詰まっているように見えて簡単に崩れる脆く柔い実。歯を立てた感覚もなく溶ける実を飲み込んだ後、口に残らないひゅうわりとした甘さ。汁で滑って皮が剥きにくいところ。種が大きくて、実はそんなに可食部分がないところも儚げでいい。ひとり黙って枇杷の皮を剥く夕方は、時間の経ち方がゆっくりになる。

パイナップル……夏祭りの花火のように華やかで勢いのある甘さと酸味。噛んだ瞬間かたいのに意外と簡単にほどけていく繊維。ほどけたひとつひとつの繊維を噛むごとに、明るい橙色を想起させる味の果汁を惜しみなく飲ませてくれる。見た目の些か過剰な装飾加減とその味がぴったしとしていて、パイナップル全体の調和を生み出しているところ。じきじきと噛み締める度に、口の中がハレの様相になるところ。

蜜柑……ちゃみちゃみと薄皮を噛み続けると、ほんのり甘いところ。薄皮の中でぴつぴつと張った実が、未だ生きていると主張しているようでいじましい。皮を剥く時の触覚が楽しい。蜜柑のいじましく詰まった実も好きだが、夏蜜柑の「生など瑣末なことだ」と言いたげに大雑把な実も好きだ。夏蜜柑は皮も厚くて、ごっつりとしていて、大声でゲラゲラと笑っているように見える。蜜柑は笑わずに真面目な顔で生きている。どちらもとてもよいと思う。

洋梨……存在がエロティックで「よくないことをしているのではないか」という妄想を食べる時に抱かせる。洋梨は晩秋の台所の隅でこっそりと食べるもの。口に入れた瞬間、ねっとりとした実が歯にしな垂れかかる感覚。口腔内に絡みつき、次第に熱と咀嚼でどろりと溶けていく実。妖艶さと卑猥さ。飲み込む時には後ろめたさを感じさせる。その反面、美しく気品のあるふくよかな甘み。魂の美しさ。そのギャップ。

 

意外と(能動的に買いに行くほど)好きな果物がなかった。ちなみに嫌いな果物はありません。