クッキーは焼かない

クッキーは配るもの

自意識・ピエール・りんご飴

 

 

知らない間に2023年2月になっていた。怖いです。挨拶の菓子折は要らないから、せめて許可を取って欲しい。こんばんは、ばあちゃんです。
こうやって歳をとり、はたと気付いたときには既に死の直前なのではないかといつも思う。我々は死する存在である。ウー、ワンダフル!

 

実は恋人がいる。なんかこの間そういった類いのイベントが生じて、数年ぶりにリア充の仲間入りを果たした。私が普段から妄言ばかり吐いているせいで「まーた世迷いごとを」と思っている人がいるかもしれないが、恋人はしっかり三次元の人間である。多分。もし幻想とか妄想だったら泣く。そして泣きながら恋人のお墓を作る。
そんでまあ、冒頭で述べたとおり現在2月なわけだ。2月、恋人、リア充。この夜空に瞬く星々を繋げてできるのはチョコレートの形。つまりバレンタインデーである。

バレンタインデー、それは「好きな男子(爽やか、サッカー部所属、誰にでも優しい、実は恋人がいる)にチョコレートを用意したが、胸の内の諦念によって結局渡せなかった女子高生(普段は元気系だが実は繊細、男女問わず友人が多い、ミディアムロング、ラクロス部所属)が学校帰りに適当に選んだ私の家のチャイムを鳴らし、ドアを開けた私に「あの、すみません、何も言わずにこのチョコレートもらって下さい」と投げやりに言ってくるのを待つ日」であって、それから「いやいや君ィ、一体どうしたんだい」と驚いた私が女子高生を家に上げてお茶を勧めながら彼女の話を聞き、「でも、そのチョコレートを食べられないよ」と説得して家にあったお菓子を一緒に食べ、19時過ぎにはタクシーを呼んで女子高生をおうちに帰したりする日でもあるんだけど、まあこの定義が通用するのも去年までである。今年はこれに「かれぴっぴに何かあげるッピ」がプラスされるのである。
つってもチョコレートはあげないのであった。ばあちゃんはアレな、なんつーか、よくいえば合理的?みたいな?そんな人間なので、何かをプレゼントする時、本人に何が欲しいか訊いてしまう。いやね、要らないものあげてもね、でしょ、なん、文句ある????ロマンよりマロンが好きなんだよ俺は。栗は確かに食えるだろうが!!
それで恋人本人に相談したところ、色々な事情からチョコよりも物質の方が、いやチョコも物質だろ、あのー、食べられる奴よりもなんか食べられない奴の方がよいと判明した。すさまじい説明だなこれ。それでまあ、「入浴剤とかいいんじゃあないのぉ?」という結論に至ったわけで、本日入浴剤を買いに街に出かけたわけだ。
そして、このばあちゃんにはもうひとつのミッションがあった。この間、さぎょイプをしたあとの雑談タイムに友人からデパートのチョコレート催事場が楽しいという話を聞いた。実はばあちゃん、チョコレート催事場に今まで一度も行ったことがない。友人曰くとても楽しいところらしいし、2人でデパートのチョコレート通信販売ページを見ていると確かにめちゃくちゃ楽しい。私も実際現場に行き、お祭り騒ぎに参加したくなってきた。その話の流れで、今年は自分用にチョコを買って写真を見せ合おうという素敵企画を友人とすることになったのだ。楽しそうだね!やったねばーちゃん!

以上のふたつのミッションを抱え、街に到着したばあちゃんである。
まずは文房具屋に行き、小さなメッセージカードを買うことにした。手紙書くの好きなのよね。で、メッセージカードコーナーに行くと、時期も時期なのでバレンタイン関連のカードがたくさんある。ここでばあちゃんの手が止まる。バレンタインにバレンタイン関連のカード送るって一周まわってどうなん。
いや、いいと思うでしょ。でもね、あのー、どうなんすかね?バレンタインデーだからってhappy Valentinedayって書かれてるカード送るってなんかアレじゃない?なんか商業主義に踊らされてる消費者すぎない?大体それ聖ヴァレンティヌスに言えんの?アイツが処刑された日に「はっぴ~~☆」とか言えんの??しかもこれを手に取ってレジに持っていったら「あ、コイツ、日本の製菓企業に踊らされてるわ」と思われない?「商業主義にまんまと手玉に取られてる無知蒙昧な消費者キターーーー!!!」とかレジの人に思われない???それでいいのか?それでいいのか人間は!俺は……俺は……コマーシャリズムなんかに負けないんだから!!皆さん、これが自意識過剰です。テスト出ますよ~。
バレンタインに送るプレゼント買いにきた人間が何言ってんだよという話なんだが、一言でいえば何かこっぱずかしくなってただけです。恥じらいすら理由付けしないと表出できない面倒くさい人間なだけである。そんな私が手にしたのは鳥の絵が描かれたメッセージカードであった。マジでくっそめんどくせえ女だな、お前は。
ここで「私のことだから絶対書き損じるだろうし、もう一枚買っといた方がいいな」と思い、もう一枚買うことにした。ちなみに実際マジで書き損じたのでこれは慧眼です。自分のことが一番分かってるのゎ、自分ゃから。。。で、賢明な読者諸君は気付いているだろうが、自意識過剰人間は己が自意識過剰であること自体も恥ずかしいのである。マジでめんどくさい。なので己の精神バランスを保つために、もう一枚はベッタベタにバレンタインなデザインのやつを買った。はい、鳥の方は書き損じたので結局こちらをプレゼントに同封することになりました。なんかの寓話か?
それで喫茶店に入って手紙を書いた。字の練習をしたくてカードを入れてもらっていた封筒に恋人の名前を何度も書いたり、開き直って書き損じた手紙に推敲を加えまくったりしていたので端から見たらかなり不気味だったと思う。不気味ポイント加算。不気味ポイントカードにスタンプを押してもらった後、恋人のプレゼントを無事に購入し、もうここら辺になると製菓企業の販促キャンペーンに乗せられてバレンタインのプレゼントを買っていることに恥じらいもへったくれもなく、ニヤニヤしながら「あー、これも入れてくださ~~い。ゲヘゲヘ」と店員さんにカードを渡していた。さっきの自意識過剰は一体なんのためにあったんだよ。いやこれが普通なんですけど。それはさておき、ひとつめのミッションを達成したばーちゃんはデパートのチョコレート催事場に向かった。
実は友人からオススメのチョコレートを教えてもらっていた。

web.hh-online.jp


これである。美味しそうだ。なんてったってパリである。パリ、おかしおいしいところ、ばーちゃんしってる。これを買おう。これを買って優勝しよう。そう心に決めていた。チョコレートのこと全然詳しくないし。高いチョコレートとかゴディバしか知らんし。
催事場に到着すると、人間が回遊魚のようにグルグルしていたので、私もマグロとなって一緒にグルグル回り始めた。すごい。チョコレートしかない。ここ、チョコレートしかない。右も左もチョコレート、前も後ろもチョコレート、あなたも私もチョコレート、赤のチョコレート、黒のチョコレート、白のチョコレート、青のチョコレート。おめーらテスカトリポカか。
グルグル回っていたら脳もグルグルしてきた。だって、上を見上げたら知らないカタカナのややこしい店名がズラッと並んでいて、その下にはチョコレートしかない。ごめん嘘、何か知らんけど1店舗だけ代官山のりんご飴屋があった。なんで?ていうか代官山って代官しかいない山のこと??代官山って代官しか入れない代官の聖地かなんか??東京にはそういった類いの山があるの??それでそこにりんご飴屋があるの??なんで?????代官って総じてりんご飴が好きなの?????しかも友達に教えてもらったチョコレートがない。あったかもしれないけど見つからない。じゃあ何買えばいいの?だってどれもチョコレートだよ!?!?皆、争いを止めてよ!皆同じチョコレートじゃない!!!何故か1名代官山に生息するりんご飴がいるけどお前はマジでなんでいるんだよ。
カタカナのややこしい店名とチョコレートと人いきれと何故かいるりんご飴屋で頭が本格的にぐるんぐるんしてきた。アレだ、イスラーム神秘主義にぐるんぐるん回って踊り続けてトリップ状態に至る宗教儀式があると世界史Bの教科書だか資料集だかに書いてあった記憶があるけど、多分これがそれだ。もう訳が分からない。情報量が多すぎる。これを処理できる人間って何者?そして私は何者?チョコレート神秘主義の儀式により自意識が半分溶けかけたばあちゃんの眼に飛び込んできた文字列があった。
「ピエール」
ピエール!!しってる、わたし、ピエールしってるよ!!溶けた自意識が再び固まり始めた。
ピエールのことを私は知っている。ピエールとは有名なチョコレートの人である。さっきのチョコレートを薦めてくれた友人が教えてくれたのだ。ピエールはチョコレート業界で有名な人なんだよ、と。知らない人ばかりの場所で知っている人を見つけたときのような安心感が生じる。ピエールのお店のHPに載っていたピエールの写真は何だかすごくプロフェッショナルという感じがして、「僕の作るチョコは美味しいよ。信頼してよいよ」と顔に書いてあるようだった。そんなピエール。ああ、ピエール、生まれてきてくれてありがとう。神とビッグバンに感謝。フランス万歳!ラ・マルセイエーズ!そう思いながらピエールと書かれている店に近付いたら、HPに載ってたピエールじゃないピエールがいた。

このピエール、ピエールだけどピエールじゃない!!

そう気付いたときには遅かった。このピエールはピエールじゃないピエールより若いピエールで、そんなピエールより若いピエールは壁に貼られたポスターの中で爽やかな笑顔をして腕組みしていた。ピエールは少し皮肉げな微笑みでかっこいい感じに座っていたはずだ。私の知っているピエールは爽やかに笑っていない。私の知っているピエールは腕組みもしていない。会場の真ん中で泣き叫びそうになった。どうしてピエールが複数人いるんだよ!ピエールはピエールだけにしてよ!もしかしてピエールって襲名制なの!?この若いピエールはピエールからピエールを襲名した二代目ピエールなの!?ていうかどうしてチョコレートの人達は大体皆笑顔で腕を組んでるの!?公正取引委員会とかで決められてるの!?もう私はダメになった。自意識は再び溶け始め、それを止める者は最早この場にはいなかった。止められるのはピエールだけだったのだ。しかしピエールはいない。ピエールじゃないピエールしかいない。気付いたら、私はりんご飴を買って会場の中心に突っ立っていた。りんご飴は分かる。代官山はよく分からないけど、りんご飴は分かるのだ。自意識が溶けきった状態で、りんご飴だけが唯一明確に認識できるものだったのだ。
ちなみに調べたところ二代目ピエールはピエール・ルドンという人で、私が知っていたピエールはピエール・エルメであった。あとピエール・マルコリーニというチョコレートの人もいるらしい。二代目ピエールは二代目じゃないのかもしれない。しかしチョコレート界、ピエールいすぎじゃない?大丈夫?チョコレート学会みたいなので「ピエール!」って言ったら複数名振り返ることになるけど大丈夫?チョコレート学会ってなんだよ。
りんご飴片手に正気に戻った私は日本の生チョコ発祥のお店でジャスミンティーフレーバーの生チョコを買ったのだった。そのあと疲れて一時間前に入った喫茶店にもう一度入った。レジの店員さんが同じ人だったので、その喫茶店における不気味ポイントがまたひとつ加算されたかもしれない。こうやって人間は生きていくのだ、知らんけど。

慣れないことをすると疲れるわけだが、なかなか楽しかった。たぶん来年も行くと思う。実際楽しかったからね。慣れるとね、更に楽しいと思うんだ。しかし、来年はどのピエールが私を待っているのだろうか。もし知らない新たなピエールが待ち受けていたら怖い。それだけが怖い。ピエールにはこれ以上増殖しないで欲しい。
ちなみに代官御用達のりんご飴屋のりんご飴はそれだけでお腹いっぱいになるレベルで大きかったけど美味しかった。あと、多分だけど、今の代官山に代官はいないと思う。